新しい時代の働き方に対応するために

令和51020日に、厚生労働省の「新しい時代の働き方に関する研究会」で取りまとめられた報告書が公表されました。
企業を取り巻く環境の変化や、労働市場の変化の中で、働く人の働く意識や働き方への希望は、個別・多様化の傾向を強めています。
この報告書では、次の2つの視点を踏まえ、今後の労働基準法制の課題と目指すべき方向性についてまとめられています。

  • 全ての働く人が心身の健康を維持しながら幸せに働き続けることのできる社会を実現するためには、いかなる環境下においても全ての労働者に対して守るべきことがあるという「守る」の視点
  • 全ての働く人が活躍し、やりがいを持って働ける社会を実現するために、働く人の多様な希望に応えることができるよう、働く人の多様な選択を支援する必要があるという「支える」の視点

経済社会の変化

最初に、この「新しい時代の働き方に関する研究会」の契機となった経済社会の変化について、次のように記されています。

企業を取り巻く環境の変化

  • 経済のグローバル化、急速なデジタル化の進展により国際競争が激化しており、世界的な物価基調の変化が生じ、金融市場・商品市場が不安定化している。
  • デジタル技術の革新により、新たなビジネスモデルの創出が見込まれ、企業環境が大きく変化していくことが予測されている。
  • 技術革新は、企業に大きな恩恵をもたらすと同時に、企業が直面する不確実性を生む要因の一つとなっている。

労働市場の変化

  • 人口減少等に伴う労働市場の構造変化の中で、深刻な人手不足が起こっている。
  • 人手不足の状況は産業間で差が見られつつも深刻化しており、豊富な労働力供給を前提とした雇用管理に転換を迫るものである。
  • デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展は労働需要(必要なスキル・人材)の変化を引き起こしており、業種や職種を超えて広範に企業の人材戦略に影響を及ぼしている。

働く人の意識の変化、希望の個別・多様化

  • 仕事に対する価値観や、生活スタイルが個別・多様化し、働く「場所」、「時間」、「就業形態」を選択できる働き方を求める人が増加している。
  • リモートワークの進展を契機に「働く場所」を選ぶ働き方が広がるとともに、希望する働き方とキャリアに合わせて、勤務場所や勤務時間を選び、それぞれのワークスタイルに合った働き方をとることが普及している。

 

このような変化を踏まえ、企業には、働く人に対して、正規雇用・非正規雇用等の従来型の雇用形態にとらわれず、全ての働く人が働き方を柔軟に選択し、能力を高め発揮できる環境を提供することが、働く人には、自発的に働き方とキャリアを選択した上で、企業に対して能力を発揮し成果を上げることが求められていると言えます。

では、こうした環境を整えていくために必要な、これからの労働基準法制に求められる視点とはどういったものでしょうか。

新しい時代に対応するための視点

「守る」と「支える」の視点

  • 心身の健康の重要性は全ての働く人に共通であり、従来から労働基準行政が果たしてきた労働者を「守る」役割は、引き続き確保されるべきである。
  • 労働基準法制として「どのような働き方をする働く人」について「どのように守るのか」、すなわち働く人の「守り方」について、今後の働き方の変化に対応して再検討していくことが必要である。
  • 労働基準法制は、自らの希望やキャリアを踏まえて自発的に働き方を選択しようとする人の妨げにならないよう、また働く人の自発的な選択と希望の実現を「支える」ことができるよう、また、企業が働く人のキャリア形成を支える取り組みを後押しできるよう、「多様性尊重の視点」に立って整備されていくことが重要である。
  • いずれの視点においても、働く人の健康が害されることがないようにする必要がある。

「守る」「支える」ための具体的な制度設計に向けた考え方

「守る」「支える」を実現するための労働基準法制について、具体的な制度設計を検討するに当たって、押さえるべき考え方が次のとおり整理されています。

  1. 変化する環境下でも変わらない考え方を堅持すること
  2. 個人の選択にかかわらず、健康確保が十分に行える制度設計
  3. 個々の働く人の希望をくみ取り、反映することができる制度設計
  4. ライフステージ・キャリアステージ等に合わせ、個人の選択の変更が可能な制度設計
  5. 適正で実効性のある労使コミュニケーションの確保
  6. シンプルでわかりやすく実効的な制度設計
  7. 労働基準法制における基本的概念が実情に合っているかの確認
  8. 従来と同様の働き方をする人が不利にならない制度設計

 

こうした視点を踏まえ、新しい時代に即した労働基準法制の方向性を次のように整理しています。

新しい時代に即した労働時間法制の方向性

企業を取り巻く環境の不確実性が高まる中で、働く人の働く意識や働き方への希望は、より一層個別・多様化しています。
これからの労働基準法の在り方を考えるに当たっては、働く価値観、ライフスタイル、働く上での制約が個別・多様化している中で、画一的な制度を一律に当てはめるのではなく、健康管理を含めて、働く人の求める働き方の多様な希望に応えることのできる制度を整備すること(様々な働き方に対応した、多様な規制の在り方)が重要であるとしています。

新しい時代に即した労働基準法制の考え方

(出典:厚生労働省HP「新しい時代の働き方に関する研究会 第13回資料(参考資料1)」)

変化する環境下でも変わらない考え方

  • 労働条件は労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。
  • 労働基準法は、基本原則として、労働条件決定における労使対等の原則、均等待遇、強制労働の禁止等に関する規定が設けられており、これらの考え方や規定は、企業を取り巻く環境が変化したり、働く人の選択や希望が個別・多様化する中においても、全ての労働者にとって変わることのない基盤である。

働く人の健康確保

  • 働く人の健康の確保は、働く人がどのような選択・希望を持っているかにかかわらず、全ての働く人にとって共通して必要である。
  • 労働者の健康を確保することは企業の責務である。
  • 個々の労働者のおかれた状況に応じた、企業による労働者の健康管理の在り方について、継続的に検討していく必要がある。
  • 労働者自身も、自分の健康状態を知り、健康保持増進を主体的に行うことが重要になる。
  • 労働者が必要に応じて使用者と十分にコミュニケーションを取れる環境も求められる。
  • 時間や場所にとらわれない働き方の拡大を踏まえ、労働者の心身の健康への影響を防ぐ観点から、勤務時間外や休日などにおける業務上の連絡等の在り方についても引き続き議論が必要である。

働く人の選択・希望の反映が可能な制度へ

個々の働く人の選択・希望の変化を踏まえた制度

  • これまで同様、強制力のある規制により労働者の権利利益の保護を行うべきである。
  • 働き方の変化に伴い、労働基準法制定当時では想定されなかった新たな課題が起きているので、それぞれの制度の趣旨・目的を踏まえ、時代に合わせた見直しが必要である。

適正で実効性のある労使コミュニケーションの確保

  • 雇用管理・労務管理は画一的・集団的管理から個別管理の傾向が強くなり、賃金・待遇等の格差拡大も想定されるため、労働者間の公平性・納得性の確保が課題となる。
  • 企業が働く人の声を吸い上げ、その希望を労働条件の決定に反映させるためには、労使コミュニケーションの在り方について検討するとともに、労使の選択を尊重し、その希望を反映できるような制度の在り方を検討する必要がある。

シンプルでわかりやすく実効的な制度

  • 法制度が「守られる」、実効性のあるものにするため、労使ともに法制度の内容や必要性を十分に理解し、受容することが必要である。
  • 法制度を検討するに当たっては、「各制度が制度本来の趣旨や目的に沿った内容か」「制度が複雑化しわかりにくいものになっていないか」「労使双方の納得性が得られる実効的かつ妥当なものとなっているか」の視点に立って検討することが必要である。
  • 実効性の観点からは、制度運用後の状況について労使コミュニケーションが図られるものとなっていることが必要である。

労働基準法制における基本的概念

  • 変化する経済社会の中で、事業場単位で捉えきれない労働者が増加していることなどを考慮すると、「労働者」「事業」「事業場」等の労働基準法制における基本的概念についても、経済社会の変化に応じて在り方を考えていくことが必要である。

従来と同様の働き方をする人が不利にならないこと

  • どのような働き方であっても、働く人の労働条件、健康確保が後退することのないよう、維持すべき制度は維持しつつ、労働基準法制を設計・運用していく必要がある。
  • 労使合意を前提とした制度や、多様・複線的な集団的な労使コミュニケーションの在り方については、対等な労使コミュニケーションが形式的のみならず、実質的にも機能していることを前提に検討する必要がある。

労働基準監督行政の充実強化

効果的・効率的な監督指導体制の構築

  • 監督指導においてAI・デジタル技術を積極的に活用することが求められる。
  • 事業者が自主的に法令遵守状況をチェックできる仕組みの確立を検討すべき。
  • 物理的な場所としての事業場のみに依拠しない監督指導の在り方等を検討すべき。
  • 働き方の個別・多様化を踏まえ、いわゆる労働者だけでなく、働く人すべてを念頭に入れて監督指導の在り方を検討する必要がある。

労働市場を通じた企業の自主的な改善の促進

  • 企業の自主的な取組の支援・促進を通して履行確保を図るという対応も検討される必要がある。
  • 企業に対して労働条件、職場環境などに関する情報の開示を促し、労働市場における評価を通して改善を進めるなど、市場メカニズムを活用する方法も検討すべき。
  • 働く人が正しく法制度を理解した上で自らの働き方を選択できるよう、情報面でのサポート等が必要。

 

ここまでは、労働基準法制の方向性についてまとめられていますが、個人の自発的なキャリア形成や働き方の個別・多様化に対応するためには、行政による法制度等の整備はもちろん、未来を担う「企業」や「働く人」一人一人にも意識、行動の変化が求められています。
「企業」や「働く人」に今後期待することが次に示されています。

企業や働く人に期待すること

個人の自発的なキャリア形成や働き方の個別・多様化に対応するためには、行政による法制度等の整備はもちろん、未来を担う「企業」や「働く人」一人一人にも意識、行動の変化が求められます。

企業に期待すること

  • 企業内のほか、企業グループ全体やサプライチェーン全体で働く人の人権尊重や健康確保を図っていくという視点を持って企業活動を行っていくことが重要。
  • 人材を雇用形態や属性にかかわらず「人的資本」として捉え、積極的に投資することが期待される。
  • 全ての働く人のために、企業における健康管理の取組や、利用可能な制度についての情報とともに、主体的な能力開発やキャリア形成を行う上で必要な情報を提供することが重要。
  • 企業は、事業の将来像を明確にした上で求める人材像を可視化し、双方向のコミュニケーションを図ることにより、それを働く人と共有化することが大切である。

働く人に期待すること

  • 働き方を自ら選択し、働きがいを持って仕事に取り組み、自発的にキャリアを積み重ねていく姿勢を持つことが重要である。
  • 働き方が多様化するので、業務遂行の面でも健康管理の面でも自己管理能力(セルフマネジメント力)を高めることが求められている。
  • 企業あるいは労働市場においてどのような人材が求められているか、自らの望む働き方やキャリアに求められる能力は何かを明確にした上で、自主的に能力開発に取り組む必要がある。
  • 働く人が自らのキャリアや職場環境について適切に判断していくために、働く人同士のネットワーク構築が大切である。

 

本報告書の内容を踏まえ、これからの働き方について考えてみてはいかがでしょうか。

(参考リンク)
「新しい時代の働き方に関する研究会」の報告書を公表します
新しい時代の働き方に関する研究会 報告書